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2019年(令和元年9月6日(金)

あの大地震から早1年。まだまだ元の生活に戻れない被害地の情報が流れてきますが、
さらなる復旧復興を祈るばかりです。
<訃報>2年次の初代に続き、2代目の大巻学級委員長が8月31日に旅立ちました。
いろいろとありがとう。安らかにお眠りください。いや吉田、青沼、小野寺(文)、三上、山谷、本間と
クラス会でも開いているかな?

2018年(平成30年9月8日(土)
9月6日・北海道胆振東部・厚真町で震度7の大地震
苫小牧は震度5強、停電も7日夜までに復旧
厚真町を中心に甚大な被害が出ています。

6日未明の午前3時8分。大きな揺れで北海道中が目を覚ましたのではないでしょうか。
すぐに停電になり、以後の情報はラジオのみ。
テレビが見られないので6日の夕刊による写真でびっくり仰天です。
苫小牧市内の電気は7日夜までに復旧。ちょっと感激でした。
が今も余震が続いています。
我が家の被害は食器数点が割れた程度でした。
厚真町では大規模な土砂崩れで家屋の倒壊し、
多くの犠牲者や安否不明者が出て今も救出作業が続いているようです。
停電となった2日間は実に時間が長く感じられました。1週間も過ぎたように。
市内のごく一部は6日夕方には通電したようですが、
電気に頼っている今の社会ですから、病院や商店など臨時休業。
コンビニの一部は薄暗い中で電卓で対応していたようです。
食料や電池類などはあっという間に売り切れとなったようです。
ガソリンも電気がないと給油できず、昨日7日は駅中心部と
錦岡方面の通電で清水町などのガソリンスタンドが営業再開。
100台ほどの車が並んでいました。穴場は白老のGSだったようです。
ちなみに我が家の防災グッズとして役だったのが
ラジオ付き懐中電灯2台、3種類の電池が使える懐中電灯1台
小型が1台。それに電灯なしの小型ラジオが1台。大いに役立ちました。
水は断水にならなかったのが幸いでした。
携帯、スマホもありましたがバッテリーが気になり、
ネット接続は最小限の使用でした。
この後、計画停電もありそうなので、余震も含めまだまだ安心できない状況です。
このさ中にわずかな救いとなったのが、満天のような星空でした。
6日未明にしか見られませんでしたが、
自宅の東側にあるドアを開けると、目の前になんとオリオン座がバッチリ。
こんなに大きい星座だったかと、自身も忘れてしばし見とれていました〜
三日月でなければその左側にある天の川もはっきり見えたかもしれません。
さらにオリオン座の超新星爆発の話題も出ている一等星のベテルギウスといえば
冬の大三角形の一辺を司る恒星。
今頃でも見られるんだ〜と、新発見したような感じでした。
余談でしたが、皆さんの災害対策は万全ですか?
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2018年 迎春

2018年が幸多き年となりますように!
ちなみにあれから50年。1968年と言えば、皆さんは何をしていましたか?
好きな人を思いながらの受験勉強?部活?
年々記憶が薄れていくような感じですが、
時にはスティーブンスのように回想の旅に出かけるのもいいかも知れません。

昨年のハンバ日誌は、ほとんど手が付けられない状況でした。
一昨年から“一人ブラック企業”ごっこの様なことをしていたためで、
更新できなかったことが大いなる反省点として、新年に引きずってきた感じです。
今年も昨年に劣らず、かなりバタバタのうちに時が進んでいくと思いますが、
そこはひとつご容赦を。
この間、中学時代からの持病が一時的に悪化しましたが、
そこは何とか踏ん張りまして、今年もケ・セラ・セラの心境で、
やりたいこともチャレンジ。大いに楽しみたいものです。
いや、高校時代の若さに委ねたあの純心的ながむしゃら振りを思い出し、
存分に楽しもう!

さて、昨年は哀しい出来事も続きました。
女子1人(旧姓C.Fさん)、初代委員長の男子1人(Y.Yさん)が星になりました。
年をまたぎましたが、謹んでご報告いたします。

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宮沢賢治の詩碑「牛」が苫小牧に誕生!

2017年(平成29年5月21日(日)
駅前通りと国道36号の交差点旭町側角地に建立。
苫小牧の新たなシンボルとして歴史を刻み始めました。
宮沢賢治は1924年(大正13年)5月21日に、花巻農学校の修学旅行引率者として
苫小牧を訪れ、この時に「牛」の詩を作りました。



この場所は、その昔、産業会館があったところです。
右側の歩道を真っ直ぐ進むと海に出ます。左側奥に東小があります。
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